わりと最近、ある都会の街にネズミが住んでいました。
ある日、都会ネズミは、ふと疑問に思いました。
「ご先祖様は、田舎暮らしの方が幸せかもしれないと言ったそうだが、本当だろうか」
この都会ネズミは、疑問を持ったら解決しないでは居られない科学者気質でしたので、思い立ったが吉日とばかりに、田舎ネズミが住む村に出掛けて行きました。
第一村ネズミを発見した都会ネズミは、出会い頭に聞きました。
「幸せですか?」
突然聞かれてびっくりした田舎ネズミは、「なんじゃ、宗教の勧誘か?そんならお断りじゃ」と、きっぱり答えました。
「いやいや、そうじゃないんだ」
都会ネズミが事情を話すと、思慮深い田舎ネズミは答えました。
「わしは田舎暮らしが性に合うとるが、わし1匹に聞いたって本当のことは分からないんじゃなかろうか」
なるほどと思った都会ネズミは、もっと沢山のネズミの意見を聞こうと思いました。
都会ネズミが数十匹のネズミたちに意見を聞いて、ある程度の傾向がつかめたとき、さっきの思慮深い田舎ネズミに会いました。
「どうかね。分かったかね」
聞かれて、都会ネズミは答えました。
「はい。どうも皆さん、幸せなようです」
「そうかそうか、・・しかしなぁ」田舎ネズミは言葉を濁しました。
「今現在、田舎に暮らしているネズミたちにいくら聞いたところで、都会と田舎のどっちが幸せかなんてことは、分からないんじゃないかのう。なぜなら、田舎ネズミは田舎が好きで田舎にいるわけじゃから。田舎が良いと言うのは、むしろ当然な話じゃ」
なるほどと思った都会ネズミは、答えました。
「では、どうすればいいのでしょう?」
「わしも本を読んで、研究したんじゃが。一番良い調べ方はな」
「はい。なんでしょう」
都会ネズミは目を輝かせながら聞いています。
「田舎にも都会にも住んだことのない、どこかの研究所で生まれたネズミを適当に選んで都会と田舎のそれぞれに住まわせ、幸せかどうか聞いてみることじゃ」
「それだ!すばらしい!」
都会ネズミは喜びましたが、すぐに下をむいてつぶやきました。
「そんなこと、出来るはず無いじゃないですか」
「そうじゃ、そんなことは出来ん。それに、もしそんなことが出来たとしても、未来永劫その結果が正しいとも言えん」
田舎ネズミは、落胆している都会ネズミの肩に手をおいて、尋ねました。
「ところで、お前さん自身は、都会と田舎のどちらが良いんだね?」
「え!?私?」
都会ネズミは驚きました。自分の気持ちなど忘れる程、研究に夢中になっていたのです。しばらく考えた末、都会ネズミは答えました。
「私は、どちらでも構いません。今回の研究の様な、自分の好きなことが出来るなら、住むところなんてどこでも良いような気がします」
それを聞いて、田舎ネズミはニッコリとして言いました。
「では、それがお前さんの答えじゃろう。統計的な結果がどうあれ、個人の答えは違うものじゃ」
~教訓~
統計には様々なバイアスが存在する。バイアスを回避するためには、ランダム化比較試験(RCT)が最も有効である。しかし、RCTでさえ時間的バイアスからは逃げられず、過去の結果が未来に当てはまるとは限らない。
また、例えどんなに統計的に真実らしくても、個別の対象に当てはまる訳では無い。